里山音聴草子 -Satoyama-otogi-zoushi ■第1回 : 気まぐれな天気と音楽
里山音聴草子 -Satoyama-otogi-zoushi
■第1回 : 気まぐれな天気と音楽
文 : 岩本晃市郎
最初からなんだが、何から書こうかと悩んだ。なにせこうしたコラムを書くのは5年ぶりくらいだから。実をいうと、この1ヶ月、皆さんに興味を持っていただけそうなネタを探していた。CDレヴューやニュースはサイト内の別のところで読むことができるし、僕以外のコラムを書く作家さんとネタが被っては申し訳ないし、おもしろくない。僕が書くべきネタとは何か? いろいろ考えた結果、あまり大上段に構えるのではなく、コラムの原点に帰って、とにかく最近気になっていること、気づいたことを僕なりの視点で音楽と絡めて書いていくことではないかと思った。多分それが今の僕にちょうどいいのではないかと思っている。それにはもちろん理由がある。人生の大半を東京で過ごした後、地方都市生活者になり、さらに、60歳という年齢に達したことによって、これまでわからなかった、感じなかった、見えなかったものが見えてきたからだ。ということで早速記念すべき第1回を始めよう。
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今年の2月、何十年かぶりという強烈な寒波が僕の住む街も襲った。結果、1メートルを超える雪が降った。東京では決して味わうことのできない積雪によって、はからずも僕は拙宅に閉じ込められた。庭の植木の何本かは折れて雪に埋まり、隣家の塀は雪の重みで崩れてしまった。荷物を積んだトラックがあちらこちらで立ち往生し、宅配便も郵便も遅れているというニュースを聞いた。これは間違いなく困ったことになるぞと思い、遭難覚悟で雪を掻き分けなんとかたどり着いたスーパーの棚はすでにスカスカ状態だった。雪の街に住むということはこういうことなのだ、とその時初めて実感した。
スーパーの帰り道、腰までの雪を必死でかきながら部屋に戻ると衛星放送で「シャイニング」をやっていた。チャンネルをつけたとき、すでに中盤だったがそのまま見入ってしまった。怪優ジャック・ニコルソンが雪の中を走る姿を見たとき、その道がまるで我が住居ヘと繋がっているような錯覚を覚え、狂った小説家が僕の跡をつけて来ていないか、思わず窓の外を覗いてしまった。
我が家は山と海の間にある。どちらへ行くにも30分くらいあれば着く。よって天気は海沿いの町っぽかったり、山に近い天気だったりする。つまり相当気まぐれでスリリングな空模様が味わえる土地だということだ。雪はいきなり降って30センチ程積もったかと思ったら、翌日は晴天で、その雪が見事に溶けていたりする。雪〜晴天〜雨〜雪を1日で味わえるのだ。ここに移り住んで日も浅いのでこの気候がこの土地にどんな文化を根付かせたかは知る由もない。けれども、気候は必ずその土地に何かをもたらすと考えている。古代ギリシャの哲学者アリストテレスもあのダーウィンも気候と文化の関係に触れている。ものの本によると、ドイツの地理学者フリードリッヒ・ラッツェルは彼の著作で自然環境によって人間の活動(思考も?)が制限されることを記している。
80年代半ばから90年代にかけて仕事で何度もイギリスに行った。たまにはいくつかのヨーロッパの国にも滞在したが、圧倒的にイギリスが多かった。ロンドンを中心として、ブライトン、サウサンプトン、バーミンガム、エジンバラ等の都市を回った。そこで必ずと言っていいほど悩まされるのが食事と天候だった。食事の話題は後にするとして、気まぐれな天候は僕の気分をいつでも辛気臭くした。彼の地の人々はそれをブリティッシュ・ウェザーと呼ぶ。ブリティッシュ・ウェザー、つまり英国の空模様は晴れたかと思うとすぐにどんよりとして雨が降る。そしてまたお日様が顔を覗かせる。しかし、一年中(僕の経験によると)ほとんどは曇天で、一日中快晴という日はあまり多くはなかった。
2017年にACE Recordsから発売されたコンピレーションCD『English Weather』のコンセプトと選曲は、まさに、イギリスの天候と時代と音楽性を見事にリンクさせた作品と言ってもいいだろう。バック・インレイにはこうある。
“70年代の変わり目の英国の哀愁に満ちたサウンドは、憂鬱と楽天主義を混ぜ合わせたような来たるべき新しい十年を濡れた窓から覗いているようだ。ビートルズが去り、ポンドが下落していく中で、フルートとメロトロンに導かれた、新しく個性的なサウンドが生まれたのだ”
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70年代のイギリスは60年代における保守党と労働党の政策のちぐはぐさから、資本が海外に流出して輸入が増加。国内の労働紛争の増加、国営企業の生産性の低下、物価の上昇によるスタグフレーションと73年に始まるオイルショックで76年には財政が破綻してしまう。60年代のカラフルで陽気なフラワームーヴメントは減退し、変わって世の中は諦めにも似たまさにイギリスの天候のようなどんよりとした時代へと突入していく。そんな当時のイギリスの姿は、“英国病”という言葉で表された。
このコンピレーションは、イギリスの(どんよりとした天候のような)不幸な時代に新たな時代の扉を開けるべく生まれた楽曲、あるいは、同時代の雰囲気と通底するような楽曲が詰まった作品となっている。選曲はボブ・スタンリー(1964年生まれ)とピート・ウィッグス(1966年生まれ)。二人は90年代のブリティッシュ・ポップが好きな方ならばよくご存知のセント・エティエンヌのメンバーだ。このCDの選曲を見ると彼らのオタク度はかなりなものであることがわかる。キャラヴァン、VDGG、キャメル、マッチング・モウル、ジョン・ケールあたりはマニアックだが比較的名の知れたバンドだ。しかしパーラー・バンド、オレンジ・バイシクル、アードヴァーク、ザ・ウェイ・ウィ・リヴ、ビル・フェイ、ザ・ロジャー・ウェブ・サウンドといったさらにディープなブリティッシュ・ロックのアーティストの名前を見るにあたって、二人のマニア度はさらにアップする。そんな中でも驚いたのはスコット・ミストの唯一のシングル曲、それもB面曲「パメラ」が選ばれていることだ(A面曲は「ラ・タ・タ」というコミカルな楽曲のカヴァー)。実はスコッチ・ミストはパイロットの変名グループで、この曲「パメラ」のヴォーカルはデヴィッド・ペイトン。なんとも言えない浮遊感あふれる鬱な雰囲気を持っていて、まさにイングリッシュ・ウェザー的な一曲と言える。このシングルの次に出したパイロット名義の「マジック」が大ヒットしたおかけで、「パメラ」は闇に葬られることになるが、もし「ラ・タ・タ」がヒットしていたら、どうなっていたことか。「マジック」も「ジャニュアリー」も「コール・ミー・ラウンド」もスコッチ・ミストの名前でリリースされていたのだろうか……。いやいや、それはあり得ない。
しかし、英国病は深刻だった。73年にはジェネシスのピーター・ゲイブリエルも当時の英労働党のスローガン “Selling England by the pound(イギリスを量り売り)” を歌にしたように、この時代のイギリスは元気がなかった。しかし、そんな時代に現れた音楽は、ある意味革新的で、実験精神にあふれ、どんな時でもブラック・ジョークで乗り切ろうとするまさにイギリス人らしいものだった。お気楽なサイケデリック・ムーヴメントが終わり、どこに向かおうとしているのかわからなかった時代はやがて実験的なサウンドを指向していく。その過程で気まぐれのように現れた音楽がこのCDの中に詰まっている。
ちなみに『English Weather』は80年代にロンドンにあったレコード・ショップの名前でもある。彼らはまた、2020年にもムーディー・ブルースやイエスといったメジャーから、イギンボトム、トントン・マクート、クレシダらのマニアックな楽曲を詰め込んだ『Occasional Rain』という第2弾をコンパイルし、ビートルズが突然シーンから消えてしまったアーリー・セヴンティーズにおけるブリティッシュ・ロック(突然の雨)のプログレッシヴな一面を紹介してくれている。なお『English Weather』はスプリングの楽曲を追加した19曲入りの2枚組のアナログ・レコードも発売されている。
今度、雪をテーマにし自前の選曲リストを作ってみようかと思う。多分このCDよりも暗くて空想的なものになることは必至だ。
■ENGLISH WEATHER (Bob Stanley & Pete Wiggs present)/ Ace Records CDCHD 1486 (2017)
Track : 1.Long Song With Flute(CARAVAN) / 2.Moon Bird(THE ROGER WEBB SOUND) / 3.Early Morning Eyes (THE PARLOUR BAND) / 4.Pamela(SCOTCH MIST) / 5.Last Cloud Home(THE ORANGE BICYCLE) / 6.JLT(T2) / 7.’Til The Christ Come Back(BILLY FAY) / 8.Refugees(VAN DER CRAAF GENERATOR) / 9.Very Nice Of You To Call(AARDVARK) / 10.Big White Cloud(JOHN CALE) / 11.Bottles(BELLE GONZALEZ) / 12.Watching White Stars(THE WAY WE LIVE) / 13.Windfall(OFFSPRING) / 14.Never Let Go(CAMEL) / 15.Wise Man In Your Heart(DAEVID ALLEN) / 16.O Caroline(MATCHING MOLE) / 17.Edge Of The Sea(PRELUDE) / 18.Evening Shade(ALAN PARKER & ALAN HAWKSHAW)
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